オベリスクに挑み、敗れて ― 鳳凰三山で見た景色

過去の山行

※この山行は過去の記録(2023年9月30日〜10月1日)のものです。


鳳凰三山とは

鳳凰三山(ほうおうさんざん)は、南アルプス北部にそびえる「地蔵岳」「観音岳」「薬師岳」の総称です。白い花崗岩が風化してできた砂地の稜線が美しく、富士山の展望地としても名高い山域です。とりわけ地蔵岳にそびえる「オベリスク」は、その鋭く天を突くような姿から象徴的な存在であり、数多くの登山者を惹きつけてきました。


概要

「鳳凰」「オベリスク」という響きに、以前から心を掴まれていました。南アルプス縦走の折に遠望したオベリスクの姿は、忘れられない光景。そのとき心に刻んだ「いつか自分の足であの岩の根元に立ちたい」という想いを叶えるため、今回の山行を計画しました。

行動はソロ。縦走スタイルで白鳳峠から稜線に出て、鳳凰小屋に1泊。翌日は稜線を縦走して夜叉神峠へ下山する2日間の山旅です。未知の岩稜への挑戦と、秋雨前線の合間を縫った天候との戦いを胸に刻む、そんな山行となりました。


1日目(2023/9/30・土)

行動スケジュール
7:30 広河原 → 11:30 地蔵岳(オベリスク挑戦) → 13:00 鳳凰小屋(泊)
(合計5時間30分・距離約8km・登り1,250m / 下り150m・休憩0時間30分)

夜行バスで甲府に到着し、広河原へと向かいました。北岳へ向かう登山者の群れから離れ、白鳳峠入口へ一人歩き出した瞬間、これから始まる旅に胸が高鳴りました。

歩き出してすぐに取り出したのは、朝食の稲荷寿司。疲れを癒やす甘辛い味が、なぜか山では特別に感じられるから不思議です。

白鳳峠への道は容赦なく急で、すれ違うのは下山者ばかり。汗をぬぐいながらただ黙々と登りました。やがて目の前に現れたのは、地蔵岳とその頂にそびえるオベリスク。

ザックを置き、岩場へ挑戦。三点支持で慎重に進み、直下までは到達できたものの、最後に立ちはだかったのは一枚岩。上からロープが垂れてはいたものの、あと少しのところで届かない。無理をすれば登れそう、でも降りられる自信がない。葛藤の末、登頂を断念しました。

その場に30分以上も留まり、何度もルートを探しながら悔しさを噛み締めました。「必ずまた来る」――そう誓い、後ろ髪を引かれる思いで岩を後にしました。

その後は小屋へと下り、鳳凰小屋に到着。テントを張って横になると、オベリスクの姿が瞼の裏に蘇り、悔しさと満足感が入り混じった不思議な感情に包まれました。


2日目(2023/10/1・日)

行動スケジュール
4:00 鳳凰小屋 → 5:00 観音岳 → 6:00 薬師岳 → 11:00 夜叉神峠(下山)
(合計7時間・距離約12km・登り500m / 下り1,400m・休憩0時間30分)

夜明け前、テントを畳む手がかじかむほどの冷え込みの中で出発しました。天気予報通り、次第に雨脚が強まり、稜線に出ると爆風と大雨が全身を叩きつけました。レインウェアを着込んでも体の芯から冷え込み、歩を止めると震えが止まらない。

必死に稜線を駆け抜け、観音岳・薬師岳の山頂を踏みました。晴れていれば富士山を望む絶景のはずが、この日は霧と雨に包まれてほとんど視界なし。それでも「ここまで来た」という事実が胸を温めてくれました。

薬師岳小屋に着いた頃、ようやく空が明るみを帯び始めました。ほっと一息つくと、あとは長い下り。夜叉神峠を目指して足を運びます。

東屋にたどり着いたとき、雨は弱まり、濡れた身体を休ませることができました。ここは『ゆるキャン△』の舞台にもなった場所。偶然の聖地巡礼に、少し嬉しい気持ちが込み上げました。

その後、夜叉神峠小屋に入り、まずは冷え切った体をお風呂で温めました。雨と汗にまみれた二日間を洗い流すように湯に浸かると、全身がじんわりとほどけていきます。冷えで強張っていた指先まで血が巡り、思わず「生き返る…」と声が漏れるほどでした。

湯上がりのあと、小屋が開いてスタッフの方がみたらし団子とお茶をふるまってくれました。温かい湯気と甘じょっぱい団子の味が、湯上がりの体に染み渡ります。その一口が、山旅の余韻をやさしく締めくくってくれました。

バスに乗り込み、揺られながら振り返った二日間。悔しさも、厳しさも、そして小さな幸せもすべてが混ざり合い、忘れがたい山行となりました。


まとめ

今回の鳳凰三山は、「挑戦と敗退」「厳しさと癒やし」が交差する二日間でした。オベリスク直下での断念は悔しさを残しましたが、次に向けた大きな課題と目標を与えてくれました。

また、稜線での爆風と豪雨は、自然の前でいかに人が無力かを思い知らされる瞬間でした。歩みを止めずに進めたことは自信となり、心に刻まれています。

そして、夜叉神峠小屋での入浴と、みたらし団子とお茶。その温もりが、全ての苦労をやさしく包み込んでくれました。山の厳しさの後に訪れる小さなご褒美が、登山をやめられない理由のひとつなのかもしれません。

次こそはオベリスクに立ち、富士山を望む稜線を心ゆくまで歩きたい――そう願いながら、今回の山行を終えました。

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