※この山行は過去の記録(2022年5月3日〜5月5日)のものです。
小辺路とは
小辺路(こへち)は、高野山と熊野本宮大社を最短で結ぶ参詣道。全長約70kmにおよぶ道程には、伯母子岳・三浦峠・果無峠といった1,000m級の峠が連なり、古道らしい石畳や女人堂跡、歴史を伝える集落が今も残っています。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する道のひとつであり、信仰と自然の厳しさをあわせ持つ縦走路です。
概要
大峯奥駈道に二度挑戦しても途中で引き返すことになり、「もう一度、今度は歩き切る力を確かめたい」と思って選んだのがこの小辺路でした。ロングトレイルを最後まで歩き通した経験がなかったため、まずはこの道で自信を積み重ねたい――そんな思いで臨みました。
今回はソロでの山行。始発の電車とケーブルカーを乗り継ぎ高野山に入り、熊野本宮大社まで三日間で歩き切ることを目標にしました。

1日目(2022/5/3・火)
行動スケジュール
07:27 千手院橋バス停 → 08:03 ろくろ峠 → 08:45 大滝口女人堂跡 → 09:12 薄峠 → 09:38 丁石 → 10:22 大滝集落 → 11:50 大股バス停(登山口) → 12:30 苔小屋 → 13:27 槇峠 → 14:51 伯母子岳 → 16:19 上西家跡(泊)
(合計 8時間54分・距離 24.1km・登り 1793m / 下り 1587m・休憩 1時間8分)
高野山から少し舗装路を歩き、登山道に入っていきました。久しぶりの山歩きで自分のペースをすっかり忘れてしまい、序盤から息が上がるほど速足に。途中で同世代の登山者と会話を交わしながら歩いたけれど、ソロゆえ自分のペースを守ることを選び、やがて一人旅に戻ります。

高野山は下りスタートという不思議な始まり方。里へ降りてから伯母子岳への登りが始まり、まるで「本番はここから」と告げられるようでした。道はよく整備されて歩きやすく、足取りは軽快。伯母子岳の山頂を踏んで安堵し、さらに進んだ開けた場所にツェルトを張って1泊しました。昼間に一緒に歩いた登山者も同じ場所で幕営していて、心のどこかで安心しましたが、テントに入ればやはりひとりの時間。夜風の音が耳に残り、ソロの自由と孤独を同時に味わう夜でした。

2日目(2022/5/4・水)
行動スケジュール
06:10 上西家跡 → 07:32 水ヶ元茶屋跡 → 08:05 弘法大師坐像 → 09:05 伯母子岳登山口(下り) → 09:27 農家民宿政所 → 09:36 三浦口バス停 → 10:08 吉村家跡 → 11:58 三浦峠(東屋休憩〜13:10) → 15:21 矢倉観音堂 → 17:02 西中バス停(泊)
(合計 13時間18分・距離 22.1km・登り 1281m / 下り 2123m・休憩 3時間54分)
夜明けに目を覚ますと、頭の横で芋虫が這っていて思わず息を呑みました。普段なら声を上げてしまうところですが、このときは不思議と冷静で、ツェルトの外へ追い出しました。山にいると感覚が研ぎ澄まされ、物事に動じなくなる瞬間があるものだと気づかされました。
三浦峠の東屋では、バーナーでラーメンを作りながら休憩。ここに泊まってしまおうか迷いましたが、「十津川の宿を予約している」と言う他の登山者の声に刺激を受け、私も前に進むことを選びました。

峠を下ってから十津川へ続くアスファルト道。10kmを超える長さは単調で、精神的に最も苦しい時間でした。「バスに乗れば楽だ」と頭をよぎりつつも、ソロだからこそ最後まで自分の足で進みたいと気持ちを奮い立たせました。結局、宿泊先は決められず、河原泊を考えたものの禁止。ようやく見つけた屋根付きのバス停ベンチに腰を下ろし、そのまま今夜の寝床にしました。埃っぽさはあったけれど、頭上に屋根があるだけで十分に心強く、ソロ旅らしい「妥協と工夫」の夜となりました。
3日目(2022/5/5・木)
行動スケジュール
03:10 大津越大師堂 → 04:30 昴の郷(MONSTER購入・補給) → 04:51 果無峠登山口 → 05:10 果無集落 → 06:19 観音堂(果無) → 07:22 果無峠 → 08:56 三十丁石 → 10:59 矢木尾バス停 → 11:40 道の駅 奥熊野古道ほんぐう(休憩) → 12:25 三軒茶屋跡 → 13:04 祓殿王子 → 13:11 熊野本宮大社(ゴール)
(合計 10時間21分・距離 18.7km・登り 1398m / 下り 1509m・休憩 2時間8分)
暗いうちに出発し、昴の郷で自販機の光に惹かれて立ち止まる。そこで買った「MONSTER」を一口。冷たい炭酸の刺激と苦みが一気に眠気を吹き飛ばし、背中を押してくれました。ソロゆえの孤独感に包まれていた心も、缶の重みとともに少し軽くなりました。

果無集落の石垣に朝日が差し込み、石畳が黄金色に染まっていく。静けさの中に鳥の声と自分の足音だけが響き、まるで時間が止まったかのような感覚でした。

峠道はきついけれど、振り返れば山並みがどこまでも連なり、背中を押してくれるように見守ってくれます。やがて果無峠に到着。ソロでここまで歩き切った実感が、胸を温かく満たしました。

その後、谷が開けて熊野川が姿を現した瞬間、歩いてきた時間と距離の重みがすべて報われた気がしました。青い川面に太陽の光がきらめき、心に焼き付く景色となりました。

道の駅「奥熊野古道ほんぐう」で買ったみたらし団子の甘じょっぱさが、疲れ切った身体にやさしく染み渡る。最後に祓殿王子を通過し、熊野本宮大社の鳥居が見えたとき、思わず深く一礼しました。



まとめ
三日間、ソロで小辺路を歩き切ったことは大きな自信になりました。伯母子岳、三浦峠、果無峠――それぞれが厳しく、時には心が折れそうにもなりましたが、その先に熊野川と本宮大社が待っていると思うと、不思議と足は止まりませんでした。
途中で野宿の場所に悩み、埃っぽいバス停を「今夜の宿」と決めた瞬間や、昴の郷で飲んだMONSTERの一本。その小さな選択や出来事の積み重ねが、旅そのものをかけがえのない時間に変えてくれました。
小辺路を完走したことで、熊野古道そのものがより身近に、そして愛おしく思えるようになりました。大峯奥駈道へ再挑戦するための力も、この経験から得られた気がします。
次は違う季節に歩きたい。春の花や、秋の紅葉、冬の澄んだ空気の中で、またこの道を歩きながら、山と自分自身を重ねて確かめてみたい――そんな思いが静かに心に残りました。

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