爺ヶ岳から八ツ峰キレット、不帰ノ嶮へ——盛夏の後立山縦走(扇沢→八方・テント泊)

過去の山行

1. 注意書き

※この山行は過去の記録(2021年7月31日〜8月2日)です。

2. ルート

柏原新道で稜線へ上がり、爺ヶ岳を経て冷池でテント泊。2日目に鹿島槍ヶ岳→八ツ峰キレットを越えて五竜へ。3日目は白岳・大黒岳をつないで唐松岳方面へ進み、本来は不帰ノ嶮で栂池へ抜ける計画(実際は八方尾根で下山)。

3. 概要

前夜は夜行で扇沢へ(よく眠れて体調◎)。1日目は曇り、2日目は晴れのち雷雨、3日目は回復して快晴基調。
テーマは「柏原新道から入り、八ツ峰キレットと不帰ノ嶮をつなぐこと」。後半はプラン変更でしたが、八ツ峰はしっかり堪能できました。


4. 各日の行程

1日目(7/31・土)※ボリューム調整済み

06:28 扇沢(柏原新道登山口) → 10:44 種池山荘 → 12:12 爺ヶ岳・南峰 → 12:29 中峰 → 13:22 北峰 → 16:08 冷池山荘テント場(泊)
(合計 9時間40分・距離 9.6km・登り 1571m / 下り 529m・休憩 3時間04分)

前日の夜行バスは珍しく熟睡。扇沢で顔を洗い、靴紐を丁寧に締め直してスタート。空は一面の薄い雲、直射はないけれど湿気はたっぷり。柏原新道は整備が行き届いていて、細かな九十九折がテンポよく続きます。呼吸を乱さないよう歩幅小さめ・腕振り一定に。沢音が右から左へ移り、標高が上がるにつれブナの緑が少しずつトーンを落としていくのがわかりました。

中腹を越えると、ガスの切れ間から黒部側がちらり。汗が上がったら木陰でレイヤー調整、500mlをこまめに口へ。木段・岩段・土のトラバースがリズムよく現れ、足裏の接地を「置く→押す」で繰り返すだけで、標高がぐんぐん稼げます。尾根に風が通り始めた頃、種池山荘の赤い屋根が視界に飛び込んできて、思わず笑顔。

ここで噂のピザを1枚。焼きたては香ばしくて止まらない…が、1枚は多かった。終盤は「エネルギー、エネルギー」と唱えながら、やや無理やりお腹へ。満ち足りた胃を抱えつつ、稜線の風に助けられて再発進。

爺ヶ岳へは、緩やかな起伏を南峰→中峰→北峰の順に。振り返れば白馬方面が薄墨色、前方には鹿島槍の双耳峰がどっしり。コマクサあとやハイマツの香りが鼻に心地よく、曇天でも光は柔らかい。ときどきガスが押し寄せ、数分でまた抜ける――その“出入り”が夏の稜線らしくて好きでした。

冷池山荘に着くと、テント場は風が素直で設営も快適。張り綱は短め・ペグは深く。汗を拭き、ストーブで湯を沸かして塩分多めのスープを一杯。体の芯が静かに戻っていく感じ。夕方、雲の層が低く流れて、稜線がときどき影絵みたいに黒くなる。星は期待薄と分かりつつも、アラームだけセットして早めに横になりました――明日のキレットに脚を残すために


2日目(8/1・日)※ボリュームを初日に合わせて拡張

04:41 冷池山荘テント場 → 06:04 布引山 → 06:59 鹿島槍ヶ岳(南峰) → 08:05 北峰 → 09:22 キレット小屋 → 11:28 ロノ沢のコル → 12:10 北尾根の頭 → 14:54 五竜岳(分岐) → 16:01 五竜山荘テント場(泊)
(合計 12時間12分・距離 8.4km・登り 1156m / 下り 1088m・休憩 3時間32分)

薄明に合わせて出発。空はからりと晴れ、足もとは夜のうちに乾いてコンディション良好。布引山までに稜線のウォームアップを終えると、東の空から雲海がゆっくり持ち上がってきて、鹿島槍の肩にやわらかく絡みました。風は冷たすぎず、指先の感覚も快適。

鹿島槍 南峰→北峰は、朝のうちに静かに往復。双耳峰のシルエットを背に、ヘルメットをかぶって心を切り替えます。ここから先が今日の核心、八ツ峰キレット

八ツ峰キレット(詳細)

南北に切れ落ちた岩稜が、間隔の短い“上下運動”で次々やって来ます。
最初の急下降は、鎖を引っ張らず胸を岩に寄せ、**足で“乗る”**の反復。踏み段の奥を拾い、踵は落とし過ぎない。

浅いコルを挟んで短い登り返し。ホールドは十分にあるものの、角度の“面”がコロコロ変わるので、手で面の向きを確かめてから足を置くひと手間が効きました。

露出のあるトラバースは擦り足で横移動。視線を足もとに落としすぎないよう、進行方向の“次の面”へ軽く先送りすると、身体が自然にそちらへ流れて恐さが小さくなります。

梯子は一段一動作で淡々と。ステップの内側に手を置いて、体が外へ振られないように。ザレの交じる場面は重心を低めに、置く歩きで音を小さく。

要所要所のコルで深呼吸と一口補給。水をちびちび、塩タブを一つ。体のエンジンが落ちない程度に、心拍だけ静かに整えていきました。小屋の屋根が見えた瞬間、胸の奥で硬く結んでいた糸がひとつほどける感じがしました。

キレット小屋で短い休憩を取り、ロノ沢のコル→北尾根の頭と段階を踏んで高度を戻します。空にはうっすら夏雲。ところが五竜へ向けての長い登り返しに入るころ、南の方角から遠雷が小さく鳴り始めました。

やがて風の匂いが湿り、最初はポツ、次第に雨粒が大きく。五竜岳の頂上分岐に着いたときには本降り手前で、山頂まで10分の距離。迷いはありましたが、安全第一で撤退を選択。暑さでレインを着る気が起きず、そのまま下り始めたのが失敗で、途中から雨脚が強まりシャツはびっしょり。足もとが滑らないよう、ストック代わりにピッケルグリップでバランスを取りながら、ペースは落としつつも止まらないことだけを意識。

五竜山荘へ着いた途端、体がふっと止まって一気に冷えが来ました。歯の根が合わないほど震え、ココアで温めようとしても追いつかない。ここで判断を切り替え、雨と雷の中で素早く設営→乾いたシャツに総着替え→ダウンシュラフ→バーナーで内気温アップ。数分で震えが収まり、ようやく呼吸が静かに。テント布を叩いていた雨も、その頃には弱くなっていました。
教訓:暑くても、雨が来たらレインを着る。止まる冷えは一瞬で来る。

外が落ち着いたところで、簡単な夕食を取り、そのまま眠りへ。五竜の山頂に立てなかった悔しさは、次に歩く理由になりました。


3日目(8/2・月)※ボリュームを初日に合わせて拡張

04:21 五竜山荘テント場 → 06:26 白岳 → 07:39 大黒岳 → 09:11 唐松岳頂上山荘 → 10:33 丸山ケルン → 11:06 扇雪渓 → 12:11 八方山 → 12:36 八方池山荘(下山)
(合計 8時間15分・距離 7.8km・登り 524m / 下り 1179m・休憩 3時間03分)

夜の雨はすっかり上がり、幕体を開けると青と白の朝。テントの前で少しだけ日向ぼっこ。体の水分と塩を入れ直し、心と脚を同じ速度に合わせてから出発です。

白岳へ乗り上げると、五竜の大きな台形が背中へゆっくり遠ざかっていきます。山荘前の掲示に**「五竜岳は難所」**の注意書き。もし昨日の雷雨の時にこれを読んでいたら、あの状況で山頂へは絶対向かわなかったはず――と、少し背筋が伸びました。

大黒岳を越え、唐松方面へ。やがて道は、思っていたよりも岩場が連続する表情に変わります。後で知ったのですが、ここが牛首。事前の意識は八ツ峰キレットばかりで、ここはノーマーク。短い鎖や露岩の段差が途切れず現れ、三点支持で落ち着いて、体を岩に寄せる→足で乗るの基本を何度も確認。露出感はあるけれど、面白い。視界の抜ける瞬間には、白と深い緑が幾層にも重なって、夏の稜線がとてもきれいでした。

しかし、岩場が終わるころには燃料はかなり消費済み。唐松岳頂上山荘が見えたとき、心の中でひとつ区切りがつきました。

当初は不帰ノ嶮で栂池への計画でしたが、今日は潔く八方尾根で帰る判断に。山頂に触れる余力も残さず、そのまま木道へ。観光の方が増えるにつれて空気が柔らかくなり、緊張がほどけていきます。

八方池山荘へ向かうロープウェイで視線を落とすと、放牧の牛がのんびり。昨日の牛首と今日の牛、偶然の“牛づくし”に小さく笑って、旅の緊張がするりと解けました。


5. まとめ

狙いどおり八ツ峰キレットはしっかり越え、鎖と岩のアスレチック感を存分に楽しめました。
対して牛首は想定外の歯ごたえ。後立山は、山ごとに性格がくっきり違うと実感。

いちばんの学びは、「暑くても、雨が来たらレインを着る」。濡れたまま止まる冷えは一瞬でやって来る。
五竜の未踏不帰ノ嶮の見送りは、次へ向けた静かな宿題に。コンディションを整えて、またこの稜線に丁寧に向き合いたいと思います。

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